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日々の感想

アニメ・アニソン・イベント等の感想の備忘録です。

ポタフェス@仙台国際センター に行った

ポタフェスというイベントがあります。

ポタフェス2017 | PORTABLE AUDIO FESTIVAL 2017 – ポータブルオーディオフェスティバル公式サイト

これは、コンシューマのオーディオではここ数年急に有名になったeイヤホンが主催するイベントで、普通の量販店では置いていないようなイヤホン、ヘッドホン、DAC、アンプなどが、それぞれ各社のブースで展示され、かつ試聴もできるという展示会です。

 

今日はこれに行ってきました。

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ngrokで二重ルータを越える話

実家に帰省していて特にオタクなイベントとかも無いので、また技術系ネタの備忘録を投下しておこうと思う。

 

今回は、一人暮らししている集合住宅での二重ルータ (いわゆるマンションタイプの回線) を越えて自宅鯖にアクセスする方法について書きます。

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実家のハブを買い替えた話

10年ほど過ごしたいまの実家、昔から極端にネットが遅く、不安定だった。

元々ADSLだから遅い (1MB/sくらい) んだろうと思っていたけれど、バックボーンを光に変えても全然変わらない。

さすがにおかしいと思って壁を開け、ハブを確認してみると・・・

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きんいろモザイクPretty Days舞台挨拶@新宿バルト9初回

前日まで関西にいたけれど、仙台まで帰る前に、きんモザPDの舞台挨拶のために東京に立ち寄った。

 

 

 この舞台挨拶は、「大ヒット記念舞台挨拶」ということで、上映開始から2週間経ってのものだった。新宿、横浜、品川の順に各2回ずつ舞台挨拶をやっていて、私はその一番最初、新宿バルト9の初回(08:30上映回後)に参加した。

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「この世界の片隅に」を観た。

更新が微妙に億劫で、二ヶ月強ほどこのブログを放置していた。

この世界の片隅に」を観たので、その感想を記そうと思う。

ネタバレ気にせず書くので、注意。

 

 

 「この世界の片隅に」を観た。

 11月12日に公開したので、私が観に行った12月4日時点でもう3週間経っているわけだけども、どうも世間的にもだんだん話題になっていっているようだ。

 年末にかけて上映館も増えるとのことで、だんだん尻すぼみに上映館が減っていくのが常の映画において、珍しいことだと思う。

 

 前評判で、戦前の呉の様子がリアルに再現されていると聞きつつも、絵柄的にそうリアルな絵でも無い。どういった感じなのかなと思いながら観に行った。

 観て分かったこととして、リアルというのは写実的という意味ではなくて、空気感がリアルで、まるで自分がその時代・その場所に放り込まれて一緒に体験しているかのような感覚にさせられるということだった。

 時代設定としては、作中では原則的に昭和で表記されていたわけだけども、昭和初期から終戦までだった。つまり、日本史的に言うとまさに日中戦争から始まる15年戦争真っ只中というわけだ。

 戦争中、広島、となると、まあだいたいが原爆をメインテーマに据えてその悲惨さだの戦争の恐ろしさだのにフォーカスした映画になると思っていた。そういった普通の戦争・原爆がテーマの映画の場合、その悲惨さなどにフォーカスするがあまり、遠い昔の世界で起こったどこか他人の出来事という感が否めない。しかし、この映画の特色的な点は、その時代・場所の設定であるにもかかわらずも、あくまで日常の中の戦争、日常の延長で山の向こうに落ちた原爆、であるように思わせる所だ。確かに戦争の真っ只中、まして軍港の呉であるから、主人公自身も焼夷弾空爆にも遭っているし、身近な人間も亡くなり、自身の右手も失っている。でも、あくまでそれを特異な事と思わせない空気があった。

 たいていの映画では、時代背景の歴史的な説明などが入るだろう。しかし、この映画ではあくまで、そういう情報はほとんど無い。主人公が見聞きしたこと、それが鑑賞者が得られる情報の全てだ。確かに、考えてみれば当たり前のことで、その時代に戦争を経験している人は、起こっていることなんて知らない。歴史なんて後の時代から能書きが付けられて始めて成立するものだからだ。だから、主人公と同じ情報量の中に置かれることも、映画の中の世界を身近に思わせる1つの要因だと思う。

 

MONACA fes.について(今更)

 せっかくブログを作ったのだし、以前参加したイベントの中で印象的だったものの記憶を掘り返しておこうと思います。

 

MONACA fes.

4/30、MONACA fes.(@大宮ソニック)に行ってきました。あれは、最高でした。

アイカツSTAR☆ANIS、AIKATSU☆STARS!)、アイマス(765、346)、WUG、そしてシークレットのハナヤマタ

WUGだけ代表曲しか知りませんが、他は、出てる曲のほとんどを知っている、大好きなユニットばかりです。

セトリはこちらに載っています。

webnewtype.com

このイベントが他と明らかに違ったのは、あくまでMONACA主体のフェスで、上に挙げたユニットはあくまでゲストだったということ。

だから、セトリの構成も、他のアニソンフェスでは絶対に扱わないような劇伴をふんだんに用いたものでした。

普段から劇伴をよく聴く私にとっては、他に代えがたい最高の機会でした。

特に、アイカツの「芸能人はカードが命」という劇伴の曲を生演奏で聴けたことは、歴半年のにわかアイカツおじさん*1といえども特別な経験に思えました。

 

また、ユニットの曲が一通り終わってから、そこで披露された曲を作ったMONACAの方々が壇上に出てきて一言話す、というのも、まさにMONACAのフェスならではでした。ぜひ、もう一度、やって欲しい。

実際、現場ではMONACAの皆さん含め、開場の皆が次回の開催を希望していたように思います。予算や場所など、都合がつけば、ぜひぜひ。。。

 

以下、セトリの各曲について、特に思うことがあったものについて。

・OP

 各ユニットの代表曲を1曲ずつピックアップして場を盛り上げていました。やはりREADY!!からの幕開けは、始まるって感じがします。

 

アイカツ!

 アニメが3月一杯で終わってしまったことだし特にスタアニは今後どうなるんだろうか、と心配していました。3月のMFには1・3日目に参加しましたが、あれで終わりかとすら思ってました。まだ終らない、これからも機会さえあれば見られる、ということを実証した意味でも、MONACA fes.の意義があったと思います。

 普通この手のユニット寄せ集めフェスの場合、アニメのOPEDとか有名所を集めて披露して終わりというのがセオリーなわけです。しかしそこはMONACA fes.、もちろん有名所もやりましたけど、Preciousや硝子ドールのような、しっかり作品を追っていないと分からない曲、ましてラン・ラン・ドゥ・ラン・ランのようなアニメに出ていないラジオの曲まで出してくるという、攻めたセトリでした。本当にありがとうございます。先にも述べましたが、劇伴の「芸能人はカードが命」の生演奏は、本当に僥倖でした。

 

ハナヤマタ(シークレット)

 確かに、あとから思えばキャストのほとんどが他ユニット内にいました。

いやでもこれが出てくるとは・・・。

ハナヤマタは原作も全巻買って追っている大好きな作品ですが、作品のイベントには行けたことが無かったので、まだ花ハ踊レヤいろはにほすら聴けたことがありませんでした。まして、作中でも特に好きだったヨロコビ・シンクロニシティを聴けたこと。あのイントロが始まった瞬間、頭を抱えましたもの。

 

・WUG

 テレビ放送のアニメは一応一通り見ましたが、その前後の映画はノータッチ。アニサマで何度か見ているし有名所の曲はだいたい知ってるかなーという所でした。実際、途中ゲストで出てきた安野希世乃さんの曲以外は、一応知ってました。最初のBeyond the Bottomは、この曲を作った田中秀和さんに対して神前暁さんが、「これを超える作品は今後なかなか作れないよ」というようなことを言っていたのが印象的でした。田中秀和さんは神前暁さんを追ってMONACAに入ったように聞いてますので、あそこまで褒められるのは如何ほどの喜びだろうかと。

 

アイマス

 アイマスは、やはり人数が少なくてちょっと寂しい感じもしましたが、好きな曲ばかりやってくれたので良かったです。また、特にこちらも劇伴が良かったです。シンデレラガールズの劇伴はCD3枚組でハードケースに入った形態で売られていて、なかなかの大作です。3月末に出て、出張先でわざわざ買った覚えがあります。デレアニは分割2クールで未央や卯月の闇堕ちから復活といった起伏のあるストーリーを含み、やはりシーンの雰囲気作りに劇伴が重要な役割を担っていたように思います。そういった、作品のストーリーに”伴って”印象的な劇伴を生演奏で聴けて、嬉しかったです。

 

・ED

 1回限りのフェスにわざわざ新曲引っさげてくる神前暁さんには脱帽しかできません。本当に、さすがの仕事でした。

 

 

以上です。

*1:このことについては、今度書きます。

「聲の形」に触れて

 映画を観て衝撃を受け、帰宅早々Kindleで原作を全巻買い、そして読み終わった。鮮明なうちに、感想を記したいと思う。

 

 

 

 以前から、すごい作品だとは聞いていたから、映画は早めに観に行こうと思っていた。そうしたら公開日に舞台挨拶LV付きの回があって、そしてギリギリ席が取れそうだった、ので、取った。

 

 9/17、昼過ぎの回を観た。

前の週に、噂の「君の名は。」を観たが、あれは、言わばファンタジーだった。

しかし、「聲の形」は、言わば現実だった。

 

 端的には、どのキャラクターも好きになれないと思った。あまりに各人が、生々しくも人間で、人間らしく”良い性格”をしていた。

特に川井が嫌いだった。

八方美人で自分の意思が無いか、あっても周りに合わせるだけ。自分の意思が無くて決められないからって判断を人に押し付けて、「それに付いて行く」のが自分の意思だと思い込んでいる。自分の判断で前に進んだ時の責任は自分だけど、他人の判断なら、そうでは無いからね。そうやって自分を守るのは、自分が可愛いからだ。

・・・嫌いなところがよく分かる。まるで自分を見ているようだ。

 

 前評判や、映画を見てから聞いた話で、色々な人が、「キャラクターを好きになれない」と言っていた。きっと、聲の形に出てくるキャラクターの”リアルな人間の持つ嫌な部分”のうちのどれか1つくらいは、読者・視聴者自身の内面にも存在しているんだろう。だから、誰もが無意識に同族嫌悪するんじゃなかろうか。

 

 この作品は、聾唖者を題材にいじめ問題を扱っている。

しかし、作品全体から感じたのは、あくまで聾唖やいじめは一例に過ぎないということだ。

たぶん人それぞれ、何かしら欠点はあるし、自身気にしていたり、人に指摘されたり、場合によってはからかわれたりするだろう。

決して障害というものを軽く見ているわけではない、と前置きさせて欲しいが、この作品の中では、「耳が聴こえない」ということは、そういった人の生来の欠点の象徴でしか無いのだと思った。

石田が興味本位で西宮をいじめたこと、植野が西宮にイラついたり口が悪くて佐原を不登校にさせたこと、佐原が不登校になったこと、川井が自分のことしか考えていないこと、、、そういう、各人が持っている欠点と、西宮の聾唖は、作品中では違いなく思えた。本人が直そうと思っても直せないのなら、もしくはそれに気づきすらしないのなら、生来の障害と何ら変わらないのではないか。だから、いじめの一件が露見したあと石田はいじめられた。西宮の聾唖と、石田の一連の行為は、等しく、いじめられる原因たるものだったというわけだ。

 

 しかし、この作品は一方で、石田をはじめ、それぞれが自分の弱さに立ち向かって前に進もうともがいている。特に顕著なのは佐原だ。小学生時代に最初に逃げてしまったとは言え、自分の弱さを自覚して、前に進もうとしている姿が眩しい。植野も、過去を振り返って、自身の考えを西宮本人に(ずけずけと)言ったりしながらも、西宮を受け入れようという意思は感じられた。結局「嫌いだ」というのは変わらなかったけれど、それは仕方ないようにも思う。西宮も、自分の置かれた(障害も含めた)状況に、諦めるんではなくて、もがきだした。

そういった個々人の成長、もしくは成長の兆しが、この作品の救いに思える。現に、石田の周り人間関係は、学祭のシーンの時点で大円団を迎えた。

・・・しかし、ね。

川井は最後まで、「自分可愛い」から何も変わらなかった。

川井が西宮に、「自分を可愛いと思うくらい好きになって」と励ますシーンなんて、最悪だ。あんなのは自分自身に対して言っているだけで、西宮なんて「そんなこと言える自分可愛い!」の道具でしか無い。一見感動のシーンだったけど、偽善の塊を見せつけられて、気分が悪かった。

先に述べたように、おそらく、自分自身をこの作品の登場人物に投影するなら、間違いなく川井だ。その川井が、作品内で成長の兆しを見せなかったことは、残念だった。

 

 べつに悪口を書きたいわけじゃない。この作品はすごいと思ったし、こんなに嫌いなキャラクターがいるということは、それだけ自分に響いた作品だったということだ。概して好きな所を言うことより、嫌いな所を言う方が簡単だ。ただそれだけのことだと思う。

 

 

 

 さて、色々言ってきたけれど、また何かおもいだしたら書きます。

原作を読んで、やはりまたもう一度、映画を見なおしたいと思った。

だから、何か新たに思うことがあれば、また追記するつもり。

 

以上。